--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2016.01.07

さして重要でない一日 伊井直行

さして重要でない一日 (講談社文芸文庫)
伊井 直行
講談社
売り上げランキング: 821,631

自他ともに認める<会社員小説>の先駆者・伊井直行の会社員小説が文庫化された。野間文芸新人賞受賞作「さして重要でない一日」と「星の見えない夜」の2編を収める。ふたつは89年と91年の作品なのだけれど、どちらも古びれない妙味がある。

会社員小説とは、会社員を主人公とする小説のことを指す。会社が舞台と聞くと、上司やライバル会社との争い、同僚との親交に家族愛といったようなエンタメ的趣向を想像してしまう。でも伊井直行の書く会社員小説は、そういう小説とはちょっと違う。もう少し業務的。会社員が会社に勤めているという事実が淡々と書かれる。一見退屈そうで、これが結構癖になる。

好みで言うと「さして重要でない一日」がいい。前日に作成・配布し終えた会議資料に不備を見つけた男の話だ。各部署をまわり不完全版を回収、原本を探し出し再製本するまでの半日を描く。小説の筋はたったこれだけ。

社内BOXを駆使する配達人なき謎の郵便組織<社内局>や、迷宮のような地下通路、全体を漂う不穏な空気も手伝って、全体の印象は不条理文学に近い。ただ、不条理文学と言い切ってしまうと、やや的を外している気もしなくはない。<社内局>の謎に現実的で理にかなったオチがついたりするし、足が臭いだのブリギッド・道郎だの埒もない笑いもあって、そういう不真面目さも、この小説の隠れた魅力だったりするからだ。

コピー機を前にしたふたつの場面が印象深いので引用しておこう。ひとつ目は、男が順番待ちをしている場面。

コピーするページを新しいものに差し替えてボタンを押したあと、必ず空白の時を生じる。これは明確な長さを持ったある時間なのだが、何ごとかをするには短すぎるので、コピーをする人間は宙づりの状態でこの空白が過ぎ去るのを待つしかない。後ろ姿のふたりは、片や呆けたようにボンヤリと、もう片方はもの思いに沈むように軽く背を屈めてこの時間をやりすごし、次の動作に移行する。二人とも、背後にいる彼に、一向に気づかない。

今度は反対に、男が空白の時に後ろを振り返る。

彼は後ろを振り返って見た。女の子3は、座禅僧のような無念無想の表情で空白の時をやりすごそうとしていた。

過度に哲学的になることなく、程よく呑気。とても人間的で、愛らしい。こういうトボけた空気を書かせたら、伊井直行の右に出るものはない。

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。