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2016.04.04

デニーロ・ゲーム ラウィ・ハージ

デニーロ・ゲーム (エクス・リブリス)
ラウィ ハージ
白水社
売り上げランキング: 900,374

小説に世界の出来事を教わる。そんな経験をしたことのある人は、きっと多いと思う。僕にとって、ラウィ・ハージの『デニーロ・ゲーム』を読んでいた時がまさにそう。僕はこの小説で初めて、キリスト教系民兵組織なんていう言葉を知った。ラッキーだって思う。そういう時は、小説こそが世界を明るく照らしだすんじゃないか、そんな気さえしてくるから面白い。

『デニーロ・ゲーム』は中東の国レバノンが舞台。時は1982年。レバノンは75年から続く内戦のまっただ中だ。首都のベイルートでは、町の西側にイスラム教徒が、東側にはキリスト教徒が陣取って、いがみ合いを続けていた。

この小説は、語り手のバッサームと幼なじみのジョルジュ、ふたりの少年が主人公だ。彼らは町の東側、つまりキリスト教側に暮らしている。ふたりはカフェに行って、タバコをふかす。ちょっとした悪さを企てたり、女の子にキスしたりもする。ゴロツキで、ティーンエイジャーだ。ありふれた青春の日々にも見える。でも町は戦闘状態だから、どうしたって悲劇がおきる。それも繰り返し。何度でも。哀しみが多すぎて、読んでるこっちも何だかそれが当たり前になってくる。すごく不思議な気分だ。

ある時、バッサームがベイルートから逃れてローマに行こうってジョルジュを誘う。でもジョルジュは、ベイルートに残るんだって言う。残って民兵になって戦場に行くことを選ぶ。民兵になることは、この時この場所では特別なことじゃない。ふたりは袂を分かつ。

反対にバッサームはパリに渡ることになるんだけれど、なんだかパリに着いてからの方が痛々しい。死ぬことはなくなったのに、まるで魂を抜かれたみたいだ。「どうしようもなくここにいる」感じ。そんな彼の姿を見て読者もようやく思い出す。日常化してしまった哀しみも、哀しみは哀しみなんだ、ってことを。ラウィ・ハージが伝えたいことも、多分そういうことなんじゃないかな、と思う。

さて、本作の隠し味は「ローマ」だ。ローマはキリスト教の聖地だし、ベイルートの地下には古代ローマの街が眠っている。実は最後の場面で、この「ローマ」って言葉がすごく効いてくる。それは希望のようでもあり、諦めのようでもある。心に残るとても良い場面だ。

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