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2016.06.17

原子力都市 矢部史郎/以文社

原子力都市
原子力都市
posted with amazlet at 16.06.17
矢部 史郎
以文社
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矢部史郎という人がおもしろい。1971年生まれの社会主義者で、活動家だ。過激な発言も多い人である。でも彼の言葉には、借りものの言葉にない凄みがある。誰かの言葉に助けをかりない凄み。平穏な言葉の奥に隠された凄み、力強さに、たぶん僕は惹かれるんだろう。

本書『原子力都市』は、旅行エッセイである。柏崎、旧上九一色村、呉、京都、と各地をめぐる。訪れたのは「鉄の時代」の次に現れる「原子の時代」の都市である。そこでは「無関心」が規則であり、美徳とされる。要するに管理社会のことだ。ここまではよく聞く話かもしれない。でもそんな話はもう切り上げよう、と矢部史郎は言う。原子力都市に生きる生活者のうごめきをこそ見つめ、思考をさらに前へと進めようではないか。そんな風に呼びかける。

2006年、滋賀県長浜市で園児2人が同級生の母親に殺害されるという事件が起こった。この出来事に触れた箇所がある。

彼女は特定の子供に対して憎しみを抱いたのではない。彼女はただ、子供を殺そうと思ったのだ。ある朝、ふと、子供を殺そうと思い立った。そして、台所にあるなかでもっとも大きい包丁を持ち出して、クルマに乗り込んだのだ。 私は純粋に畏敬の念を持ちたいと思う。彼女の行為を、法や道徳で断罪することはありうるだろう。しかし、この唐突な、尋常でない暴力は、ただ断罪するだけではすまない。

この暴力は充分な目的を欠いていて、それはちょうど、子供を生み育てることが充分な目的を欠いているのと同じように、人間の力のありさまを露出させている。生かすことと殺すこと、つくることと破壊することが未分化であるような、暴力の次元。こうした暴力があることをまずは素直に認め、肯定したいと思う。

受けとめるに何ともつらい事件なのだけれど、矢部史郎はこの事件について、安易な同情や批判を寄せることを良しとしない。たぶんそうした言葉は「無関心」に等しいんだ。ではどうするか。彼はこの出来事を「見つめる」のだ。「見えない」都市にあって「見る」。原子力都市に生きる人を「見る」。「見る」ことは思考することだ。周りのクウキに抗って思考し続けるということは簡単そうでとても難しい。でもそれを矢部史郎はやってのける。「無関心」が美徳となった原子の都市のただ中にあって、彼は「見」続ける。静かに闘うその姿が、単純にかっこいい。

広島県葦獄山に、世界最古といわれる「日本ピラミッド」を見に行く、箸休めコラムもふるっている。

なんなのか、ピラミッド。応答せよ、ピラミッド。応答せよ……。

雪降る登山道でひとり寂しくピラミッドに応答を求める社会主義者、矢部史郎。愛嬌もある。目が離せない。

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