2016.11.27

現代小説クロニクル2005-2009 日本文藝家協会編/講談社文芸文庫

現代小説クロニクル 2005~2009 (講談社文芸文庫)

講談社
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10年ぐらい前がいちばん遠い。そんな気がする。いっそもっと遠い昔なら、かえって身近だったかもしれない。  2005年の私は一体何をやっていたのだろう…。『現代小説クロニクル』シリーズの第7弾は、そんな不思議な時代、2005年から2009年に発表された短編が、収録されている。

いつも通りで安心したのが、江國香織と田中慎弥。 

江國香織の短編はいつも、いつかどこかで読んだことがきっとあるような、そんな作品なんだけれど、やっぱり面白くって、そういう小説を書けるのが江國香織という作家の魅力なんだろう、と思う。

  田中慎弥もいつもの田中慎弥で安心した。どこまで田中慎弥でいけるのか。それが楽しみ。

なにやら謎めいているのは、平野啓一郎と川上未映子。

 平野啓一郎はずいぶん昔に読んだっきりで、はてさてと思って読みはじめた。色彩を失った街に立つ女が四人。裸にコートを羽織り、nippleには、宝石が輝く。短く、SFのようであり、ミステリーのようでもある。そうか、エドワード・ゴーリーの描く世界に似ているんだと、膝を打つ。本短編集の中では、異色の作品である。

 川上未映子の作品も、ふたつの不安が奇妙な緊張感を生み出し、謎めいた雰囲気を醸しだす。こういう小説の終わらせ方は、川上未映子の作品では珍しいのでは。意表をつかれた。

マンションの管理人を描いた佐伯一麦の作品は、ふいに登場する「むかご」が、妙に不気味だったりする。一見なんでもなさそうで、どっこい一筋縄ではいかない短編である。

 伊井直行は再読。ようするに露出狂の話なんだけれど、それをヌード・ウォークとか名付けてしまうところに、伊井直行のユーモアがある。

吉田修一の短編もいい。<「上で、知り合いが待っているんです」(中略)そう言ってしまえば、本当に誰かが待っているような気がしてくる。人はいつも、もう一人の私を探している。>しみじみ。

 人間に織り込まれた「歴史」を描いているのは、楊逸の作品。時を重ねた人間の、強さと後悔が、中年の身にしみる。この作品について、あとがきで川村湊が面白いことを書いている。この短編は、他の作品と較べて、いかにも古風な人情劇に思える。しかし、楊逸が、日本語を外国語として学んだ「日本人作家」ということを考えれば、きわめて「実験的」な作品として理解される、というのだ。なるほど、そう言われると、ずいぶん印象が変わる。解説のちょい足しが、小説の旨味を増す好例である。

雰囲気が似ているのは、小川洋子と青山七恵。

小川洋子の短編は、ホテルのドアマンと口をきかない少女の話。優しくて、とても強い。澄んだ内なる輝きが、ほんとうに気持ちのいい短編だった。個人的に一番好み。小川洋子、面白いよね。

青山七恵の作品も、最後の場面がいい。静穏な、でもどこか曖昧な空気が、ひゅっと上昇していく。描かれることのない父の視線の先は、おそらくとても美しい。

 柴崎友香は、ROVOというバントの音楽ライブを小説にしてしまった。ライブを客観的に描くのではなく、その時その場に存在した音と光の渦を形にしようとしたその心意気、まず買いだ。柴崎友香は、ROVOの演奏を聴きながら、この小説のことを考えていたという。演者も観客も、ひとつの音と光になって舞いはじめたその時、彼女の思考もまた、その渦に溶け込んで、彼女の小説はその夜、音楽になったのかもしれない。そんな風に夢見てしまう。

 収録作 江國香織「寝室」佐伯一麦「むかご」平野啓一郎「モノクロウムの街と四人の女」伊井直行「ヌード・マン・ウォーキング」小川洋子「ひよこトラック」吉田修一「りんご」田中慎弥「蛹」楊逸「ワンちゃん」川上未映子「あなたたちの恋愛は瀕死」青山七恵「かけら」柴崎友香「宇宙の日」

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