2016.12.06

「幸せ」の決まり方 主観的厚生の経済学 小塩隆士/日本栄在新聞出版社

「幸せ」の決まり方 主観的厚生の経済学
小塩 隆士
日本経済新聞出版社
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本書が取りあげるのは、主観的厚生という概念だ。ちょっと堅苦しい言い回しだけれど、言ってしまえば、「主観的=この私の」「厚生=幸せ」というほどの意味である。

これまでの経済学において「幸せ」は、富や生産といった形で捉えられ、少々構えが大きかった。でも、ふつうに考えれば「幸せ」の感じ方は人それぞれで、千差万別。富が増えたからみんな「幸せ」、なんていうふうには、なかなかうまくいかない。こうした経済学の見方は、ちょっと行き詰まっていたのかもしれない。でもここ最近、そうした画一的な「幸せ」ではなく、もっと私たちの実感にそった「幸せ」から経済や政策を見直してみよう、という気運が高まっているらしく、本書もそうした流れの中にある一冊だ。

具体的には、所得格差や家庭での役割分担、住んでいる場所や最初の就職先などが、人々の「幸せ」の感じ方にどう影響しているのか、が論じられる。「この私の幸せ」を経済学的/社会学的アプローチで分析しよう、というのである。

私が特に気になったのは、子供時代のいじめや虐待・ネグレクトと、大人になってからの主観的厚生の関係を論じた第4章だ。

著者の分析によれば、親から受けたネグレクトや虐待などは、いじめやその他のつらい経験に較べて、大人になってからの「幸せ」の感じ方に、より直接的な影響を与えるという。

今はこうしたつらい経験に対して、様々な社会的なサポートが用意されている。それは本当に素晴らしいことなのだ。ところが、親からの虐待に関しては、そうした社会的サポートの効果が薄いというのである。もちろん、社会的サポートに意味がないわけではない。ただ、その子に与える直接的な、社会的サポートでは緩和されない、影響があまりに大きいのである。

分析を通じて、ネグレクトや虐待といった問題に対しては、社会的サポートよりも、そもそもそういった問題が起こらないようにする為の政策により注力すべき、ということが分かってくる。

ある問題に対して誰に何をすべきかが、とてもクリアになった気がしないだろうか。著者は、主観的厚生を分析するメリットとして、以下の3点をあげている。社会の不公平な点が明らかになる、誰が困っているのかが分かる、大きな政策を個人レベルで考えることができるようになる。の3つである。第4章は、まさにこの主観的厚生をデータ分析することの意義が、はっきりと見えてくる章になっていると思う。

普段、データで物事を考えない私のような人間にとって、データ分析の大切さをひしと感じる一冊となった。

ちなみに第4章では、媒介分析呼ばれる分析手法が用いられている。媒介分析とは何か。巻末の用語集から引くと、<A、B、Cという三つの変数の間の関係を考えるとき、AがCに及ぼす影響は、Bが媒介してCに影響する部分と、Bを経由しないでCに直接影響する部分とに分割できる。その媒介効果が統計的にみて有意であるか、またはその効果は全体の影響をどの程度を説明するのか、といった点を分析する手法。経済学ではあまり用いられていないが、社会疫学などその他の分野ではよく用いられている>、とあって、なるほど、です。

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